真夜中のイケさんキタさん

日々感じたこと、暮らし、おすすめを、エモくゆるく書く雑記ブログです。

好きな人には好きっていう

 

なんとなく日々思っていることを、いま文字にしないと忘れちゃうなって思ったので書きます。

 

今日つらつらと綴るのは、「好きな人には好きっていう」ことについて。

 

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世の中にはいろんな好きがある。恋愛的に惚れてしまった「好き」もあれば、人としてリスペクトして贈る「好き」もある。

 

あなたといて落ち着くの「好き」もあれば、笑いのツボがあってウケるー!の「好き」もある。

 

女の子には色んな「好き」があるんですよね。女の子って歳でもなければ、私だけの価値観かもしれないけれど。

 

だから私が結婚して、妻になって、いずれ母になる日がくるとしても、誰かに対して素直に感じた「好き」はできるだけ伝えていきたいなって、常日頃思ってます。

 

なんでこんなことを書こうと思ったかというと、結婚してから誰かの所有物になったかのような見えない窮屈さが拭えなくて。

 

それは旦那さんがそういう風に縛っているわけでもなければ、私自身もそこまで意識しているわけではないんですけど、なんというか、世の中の風潮というか。そう、旦那さんの所有物になったのではなくて、世の中の見えない目から監視されている感覚?

 

前職の時にあったのが、仲良くしている同僚(男友達)と話していても、「〜は結婚したんだから」みたいな保護の声が他から飛んできたり。

 

結婚しているからなんなんだろう?ってその時に違和感を覚えて。

 

結婚していようがいまいが、私とその同僚は一対一で対等に話していただけで、そういう声が飛んでくるのがすごいナンセンスだなぁって思うんです。だから素敵だなと思った男性には素敵ですねと伝えますし、その言葉にやましい気持ちはないしそれ以上も以下もない。

 

「誰かの私」も確かに嬉しいけれど、私がまだバリバリ仕事したいのとか、旅にいきたいのって、やっぱり私個人としてもっと色んな人と対等に接していきたいからなんですよね。

 

ただ誤解してほしくないのは、誰彼構わず「好き」は言わないし、褒めないということ。本当に心から思った人にしか伝えません。基本的に嘘は嫌いなので。そしてもちろん旦那さんがいるので惚れてしまった「好き」はこの先言うことはないでしょう。

 

仮に誰かに好意を抱くことがこの先あったとしても、それは心の中に留めておきます。節度は守るが礼儀。まぁ人間ですからね、惚れてしまうことも、もしかしたらあるかもしれない。でもきっと最愛までは到達しないんだろうなと思います。

 

前にある方にいただいた言葉を拝借すると、「土俵が違う」。これに尽きますね。

 

今までたくさんの人と出会って、たくさんの恋をしてきたけれど、みんな私の心に響く言葉を残してくれるので大変助かっています。ちゃんと教訓として人生に役立っていますよ。

 

しいて言うなら、うしまるには毎日言っています。「うーちゃん好きだよ〜ちゅっちゅっちゅ」って毎日やっているのでどうぞ引いてください。うしまるは公認の彼氏もとい愛人なのです。

 

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って、なにこいつ偉そうに!ってツッこまれそうな勢いで書き殴りましたけども。どつかないでくださいね、痛いから。

 

でもあれかな、土俵まで上がってきちゃう人がいたりするから、世のみなさんは不倫とかに走ってしまうんだろうね。不倫の悪いところって、どっちも維持しようとするからだよね。正確には維持せざるをえないのかな?

 

でもさ、自分の身の保身も考えつつその人の心も欲しいって欲張りですよね。自分なんかどうなってもいい!って思えるくらい、最愛と思って結婚した人を傷つけてもその人と死にたい!って思うくらいの気持ちならいいけど。その覚悟もないなら不倫すんな、って話ですよね。

 

あ、最近「あなたのことはそれほど」にハマってたので脱線しました。てへ。

 

 

とりあえず、そういう結婚したことによって起こる発言の不自由さというか、フットワーク重くなるのとか、なんかね…ダッセェな!って思うんですよ。

 

別に信頼関係が成り立っていればお互い異性との食事とかも快く送り出すべきだし、仮に異性と出かけてなにか起こるのであれば、それはその人の意志が弱いせい。

 

リスペクトの意味の「好き」が思わせぶりな発言と思われてしまったのであれば、それも発言した側の責任でしょう。「この人思わせぶりだ…」って思われてしまう人って、本人に少なからずそういう下心があるから相手に伝わってしまうんですよ。

 

友愛として伝われば万々歳だと思うし、そういう信頼関係まで成り立っていない人には安易に使うべきではないですよね。(逆に私が使ったとしたらかなり信頼している証拠)

 

 

結婚する前はかなり遊んだ時期もありました。遊ぼうと思って遊んだわけじゃなくて、目の前の人と真剣に対等に接してたら素直すぎちゃったみたいな。でもそんな過去があるからこそ今の学びがあるし、自制することができるようになっています。

 

前までは自分を必要としてくれる人を全て受け入れようとしていたし、それが仮に好意以外の何かだったとしても、その時間だけは漠然とした不安とかネガティブな感情・環境から救われていました。

 

誰にしもそういう経験って必要だと思うし、よく言うじゃないですか世のおばあちゃんたちが。

 

「女は色んな人と付き合ってから結婚しろ」って。(遊んでだっけ?)

 

まさにそうだと思う。色んな人と付き合った方が人との接し方もわかるし、自分が一番楽に一緒にいれる人がどんな人かわかるようになる。

 

ていうかすごい脱線してますけど、あれ、これって何の話でしたっけ?(笑)

 

ようは一度っきりの人生なんだから、好きな人には好きっていうし、嫌いな人には嫌いっていえばいいし、やりたくないことはやりたくないっていって、とりあえず楽しくお酒飲めればいいんじゃないのってことです。

 

あー!お前の母ちゃんデベソ〜!みたいなそういうのはいらないってことです。

 

おしまい